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個性の時代




現代は「個性の時代」だと、

よく耳にする。

 

それを聞くと僕は

「時代は変わったんだな」って

思ってしまう。
そしてそう思うと同時に

時代が変わったのなら、
「教え」も変わらなきゃいけない。
そこも変わらなきゃおかしくなる。って
いつも思う。
僕ら今の40代が子供の頃、

日本は高度経済成長期だった。

どの産業も右肩上がりで成長し、

企業は資本主義のごとく、大量生産、大量消費。

大手はどんどん巨大化していき、

”人手”さえいれば大量生産できるわけだから

現場で”正しく正確に生産”していく社員は、

どこの会社も必要だった。

言われたことを正しく行う能力を

徹底的に求められたのだ。

 

したがって僕ら子ども達への教育は

人と同じようにすることを

「いい子の条件」として教え、

人と違うことをすることによって

「叱られた」。

 

これは必然なのかもしれない。

その時代が求めた「人財育成」だったのだ。

だから

 

その頃の学校教育が

「みんなに同じことをさせる教育」だったとしても、

「左脳重視の教育」だったとしても、

「個性よりも輪を重んじる教育」だったとしても、

それはその頃の社会が求めていたことなのだから

必要な「教育」だったのだと思う。

 

ところが今はどうだろうか。

 

世界一の経済大国も今は昔。

不況は今もまだ続いている。

考えるチカラが求められ、

若者たちは 飛び出した社会で

今や個性を発揮することを求められている。

 

大学を卒業して

就活にエネルギーを使い

やっとのことで入社した会社を

3年以内で退社する若者が増えていると聞きます。

 

「考えろ!」

「お前の意見はないのか!」

「個性が弱いね」

「創造力がないね」

「主体的に行動しろよ!」

「ゆとり世代だね」

 

そう評価するだけでなく

「教えてあげる」ことが重要なのだと思う。

 

叱るだけでなく

「教えてあげる」ことが重要なのだと思う。

 

放置するだけでなく

「教えてあげる」ことこそが重要なのだと思う。

 

そして「教える」ということを

僕らが考え、学ぶ時なのだと思う。

 

昔と今。

どちらの教育がいいという話しではない。

社会が求める人材が変わったのなら

その「求めるべく人財」を育む(はぐくむ)ために

「学校教育」や「社会教育」や

「僕ら教える側」も変わらないとね。

現代は「個性の時代」だと、

よく耳にします。

それを聞くと僕は

「自分が学ぶことはまだ山ほどあるんだ」って

とてもポジティブな気持ちが湧いてくる。




 


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